世界の林業(3)〜アフリカ・スーダン共和国のアラビアガム〜
九月も半ばを過ぎ、今はアフリカのイスラム教の国、スーダン共和国にいます。
鳥取から飛行機を4回乗り継いで、内陸コルドファン地方の田舎町、エルオベイドに来ました、といっても結構大きな空港があります。ここは見渡す限り、真っ平です。出発から到着まで約80時間の長旅です。途中の空港で、次の便待ち15時間以上が2回もありましたので、退屈との戦いでした。
スーダン共和国
スーダンというと、危ない地域のように思われがちです。たしかに、内戦が続いている南スーダンはきわめて暴力的な状況で、一般の渡航は禁止されています。
しかし、北のスーダン共和国は別の国です。ここは安定していて、まったく問題はありません。
この地域は典型的な乾燥地帯ですが、今は雨季の終わりです。日中の気温は35度以上、夜間でも30度を超える日が続きますが、急な雷雨のあとは夜の気温が下がり、湿度も上がって気持ちよく過ごせます。
こちらの人は高温や厳しい太陽光線に強く、日よけ帽子を使っているような男の人はほとんどいないようです。熱中症なんか、ないんでしょうか。町には一昔前の中古の日本車が多く、みな、エアコンなしで走っています。
アラビアガムとは
突然ながら、みなさんはアラビアガム(ゴム)をご存知でしょうか。
名前は聞いたことはあるが、なんだかよくわからない、という人も多いことでしょう。実は、これは私たちの日常になくてはならない生活材料なのです。あなたも毎日、顔にくっつけたり、口に入れたりしていることと思います。
小学校の工作の時間では、机の上にアラビックなんとかと書かれたオレンジ色のノリ(糊)が用意されていて、みんな意識もせずに使っていました。それがアラビアガムなのです。ペロリとなめて使う切手の裏のノリもアラビアガム。まったく無毒だからこそ、なめることができます。
ノリばかりでなく、水に溶け、乾くと固まる性質から、水彩絵の具にも入っています。
一方、アラビアガムは、いろいろな菓子類の乳化剤、多くの薬や口紅などの化粧品、さらにはいろいろな種類の合成飲料の分散材としても使われています。アイスクリームは、アラビアガムを加えなければトロトロにはなりません。アラビアガムを使わずにコーラを作ろうとしても、砂糖や香料、着色料などが分離してしまって、まったく製品になりません。アラビアガムを少し混ぜると材料はきれいに分散し、完全に混ざり合ってしまいます。
まさにアラビアガムは、現在の文明社会の日常生活を支えている、まったく安全な魔法の材料なのです。
アラビアガムの木
このアラビアガムは、セネガル・アカシアやセイヤル・アカシアなど、アフリカに分布しているマメ科アカシア属の、やたらトゲの多い木の幹の傷口から分泌される樹液の固まったものなのです。
このガムは、マツの幹の傷から出てくる松脂(まつやに)のようです。しかし松脂と違って油脂ではなく糖類の複合体で、どちらかといえばサクラの幹の傷から出てくるゼリーみたいな液や、トチノキの冬芽を包んでいるニチャニチャした粘液に似ています。
アラビアガムの生産
スーダンは、アフリカの赤道の北部を横断するガム・ベルトとよばれる地帯に位置しており、ガム生産のためのアカシアの栽培が盛んにおこなわれています。アフリカ諸国の中でもスーダンでのガムの生産量がもっとも多く、日本も多量に輸入しているのです。
ところが近年、この生産が減り続けており、この国ばかりでなく、輸入している諸国も大きな関心を寄せているところです。
アラビアガムの生産には、オノでたたくようにして幹に大きな傷をつけ、樹皮の一部をはぎ取る、いささか乱暴な方法が取られています。
セネガル・アカシアの幹の大きな傷とガムのかたまり
やがて傷口から、粘りのある液がしみ出して固まるのですが、幹に大きなダメージを与えてしまうので、毎年、連続して生産することはできません。
私は長年、樹木の幹の研究をしていて、枝打ち傷のように、幹に傷がついたり菌に感染したりしたときの反応や成長への影響などを調べてきました。
アカシア類が幹の傷がアラビアガムを分泌するのは、傷口をネバネバしたガムで包むことで菌や細菌などの二次的な感染を予防し、早く傷を治す、という、この樹木に備わったしくみなのです。この反応には、傷口の付近で作り出されるいくつかの植物ホルモンが重要な働きをしています。
そこで、皮をむいて作った小さな傷に、そんな植物ホルモンを絵筆でペタペタと塗ってみました。その結果、セイヤル・アカシアは、傷口からダラダラと多量のガムを垂れ流しはじめました。
しかしなんと、大本命のセネガル・アカシアでは、ほとんど反応がなかったのです。このように、ガム分泌のメカニズムは、まだまだ大きな謎があります。この謎を解き明かせば、ガム生産の技術が大いに向上するでしょう。研究するものとしては今が正念場で、遠いアフリカにまでやってきて、一人で苦しみ、のたうち回っているところです。
この結果が、スーダンのガム生産にプラスになれば幸いです。
しかし、これからやることは山ほどあります。片道80時間をかけて、日本の田舎の智頭から世界の田舎の、ビールやワインなど、酒と名のつくものはまったく売ってない炎天のコルドファンまで、何回も来ることになるのかなあ、と心配しているところです。
山本塾長 様
はじめまして。
宮崎県の武田博史と申します。
大変参考になるコラムを書いていただき有難うございます。
不躾な質問で申し訳ございませんが、ご教示いただきたいことがございます。
弊社はミャンマーに海外支店がございまして、
ミャンマーにもカラヤガム(アラビアガム)の木が存在しており、
現在、その製品の輸出を検討しております。
ミャンマーにある木に植物ホルモンを塗ってみたいのですが、
植物ホルモンは、どこで手に入りますでしょうか。
ご教示いただけますと幸いです。
武田様
ありがとうございます。今、同様の実験をベトナムで行っております。ベトナムでの共同研究者の成果のプライオリティが関わりますし、彼が近いうちに論文を取りまとめますので、その結果が出次第、最適の条件をお教えできるかと存じます。しばらくお待ちください。
はじめまして。
秋吉賢治ともうします。
現在、23歳で社会人一年目です。
大学時代、卒業論文で、カメルーンにおけるアラビアガム生産の状況課題について、分析と提案を行い、将来、現地での生産向上と、加工・製品化および輸出事業を行っていこうと考えています。
カメルーン北部においては、アカシアセネガルではなく、生息のほとんどがアカシアセヤルであるとされており、山本様が仰る、植物ホルモンを利用することは、カメルーン国内のアラビアガム生産を大きく促進するものになるとはと思います。
現地における課題は、それだけではありませんが、もし、よろしければ、その植物ホルモン及びそれらに関する情報をいただければと、思っております。