世界の林業(6)オマーンの乳香生産

いきなり、に近いのですが、2018年の3月になって、古代エジプトやイエス・キリストの生誕にも関わる乳香(にゅうこう)生産の実験的な研究に手を着けました。

最近まで、山人塾で毎日のように、樹木の分類、スギの材質、ソメイヨシノの健康診断などの話をしておりましたが、突然、3月17日、中東のオマーン国の沙漠にやって来ました。思考や行動がバラバラなのは子供のころからですから、治りませんね。

乳香とは

さて、乳香のことです。

東アフリカ、中東、インドなどに分布するムクロジ目カンラン科ボスウェリア属のニュウコウジュ(Boswellia carterii)の幹に傷をつけると、そこから乳白色の分泌物がにじみ出てきます。これが固まったものが乳香と呼ばれる高級な香料です。

乳香はアラビア語でアル・ラバンですが、これはまさにザ・ミルクという意味です。

以前のコラムでアラビアガムや沈香のことを書きました。樹木の幹に傷をつけてにじみ出てくる樹脂やガムは、太古から人類がさまざまに利用してきました。例えば、漆もまた樹幹の傷から出てくる分泌液で、日本では1万2600年前のウルシの枝が、福井県の鳥浜貝塚から出土しています。これは世界最古の漆の利用が日本で始まったことを物語っています。漆、乳香、アラビアガム、松脂など、人間はさまざまな樹木の傷の分泌物を利用してきました。

乳香は、日本でもよく知られていますが、古代エジプトの墳墓からも発掘されます。神聖な儀式の必需品として、また医薬品として利用されてきた世界最古の香料です。イエス・キリストが生まれたとき、東方の三賢人が捧げものとして持参したのが、黄金、没薬(もつやく)、そして乳香でした。高品質の乳香は、金と同じ重さで取引されたそうです。黄金は権力を、没薬は死を、そして乳香は神権を表すとのこと。

ちなみに没薬は主にアフリカに分布するミルラノキ(Commiphora abyssinica)の樹脂です。奇しくも、乳香・没薬は、ともに幹の傷から滲みだしてくる分泌物なのです。両方とも古代エジプトで死者を永久保存するときの必需品で、五体を浄める神聖な香料として使われていました。

日本語のミイラは、没薬を意味するミルラ(Myrrh)が語源になっています。英語ではマミー(mummy)、中国語では木乃伊(ムーナイイン)と呼んでいますが、この語源は瀝青(アスファルト)を意味するアラビア語のムンミャとのこと。日本では混同して、木乃伊をミイラとふり仮名をふっていますね。

乳香の利用

オマーン国における高品質の乳香の生産は南部のサラーラが有名で、世界一の産地です。旧マスカット市に隣接するマトラのスーク(市場)では、今でも、乳香が山と積まれて売られています。ニュウコウジュは乾燥地の植物で、通直な幹を持たずに何本も枝分かれしています。


乳香

外樹皮はペラペラの紙のようで、脱皮するようにして剥がれると、つるりとした新しい皮が出てきます。

伝統的な乳香の採取法では、この幹の内樹皮を薄く剥ぎ取ります。そうすると数時間で傷口の表面のあちこちから乳液がしみ出し、空気に触れて時間がたつと濃い色になって固まります。


ニュウコウジュ

これを採取するのですが、多くの乳香は小指の先ほどの、砂利のような小さなカタマリです。


樹皮の傷から乳香が沁みだしてくる

乳香に火をつけると、いかにも樹木が分泌したものだ、と感じる木の強い匂いがします。ヒノキに似て、良い匂いといえばそうです。でも初めて嗅いだ時は、なんだか理科室の戸棚のような匂いだな、と思いました。しかし、世界的にはすばらしく高級な香りとされ、品質にはいろいろグレードがあるようです。アロマセラピーや医薬品としても利用されてきており、鎮痛、止血、筋肉のけいれんの緩和といった効能があるようです。

また燃やせば蚊やブユなどの虫よけ効果が絶大とのこと。さらに乳香を粉末にしてアイスクリームに振りかけると、香りが立っておいしくなるそうです。

しかし日本人にはいささか強すぎるようなに匂いです。乳香の純品を直接燃やしたりするよりも、香水などに加工・製品化したものの方が、日本人向きかもしれません。

乳香の生産促進

ニュウコウジュは栽培がかなり難しいようで、乱獲、虫害、栽培面積の減少などさまざまな理由から、今後、急速に生産が低下することが危惧されています。

私は、この乳香の生産促進ができないものかと、かねてより考えていました。

スギ、ヒノキ、アカマツなど、おなじみの樹種の幹に傷をつけると、傷口からたくさんヤニが出てきます。この現象はさまざまな樹木に共通する傷害応答反応です。傷を受けた樹木の幹は、樹脂やガムで傷口をコーティングすることで、二次的な病原菌の感染や昆虫害などを防ぎます。そして、このような粘液の分泌には、特定の生理的なしくみが働いているのです。

しかし、有用な松脂はともかく、スギのヤニがたくさん出てきても、材木を取り扱うときにはネチャネチャして困るだけです。

しかし、これがニュウコウジュだったらどうでしょうか。そこで、はるばる、アラブ圏のオマーンにまで来て、ニュウコウジュに傷をつけ、生理的な刺激を与える処理をやってみました。その結果、ミイラもびっくりするほど、ダクダクと乳液が出てきました。

この現象の観察は、おそらく、乳香生産の世界では初めてのことでしょう。

この技術が産業として発展的に利用できるようになるかどうかはわかりません。私はただ、実験を面白がってやっているだけです。それとも欲を出して、「山人塾・乳香生産社」を作って、世界に打って出ましょうか。

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山本福壽

智頭の山人塾 塾長。鳥取大学乾燥地研究センター・特任教授。農学博士。2016 年より鳥取県智頭町に移住し、塾長に就任。

3件のフィードバック

  1. 後藤堅吾 より:

     私は兵庫県宍粟市で農家(イチゴ・モモ・ブルーベリー・胡桃・ホホバ・漆と砂糖カエデの試作)の後藤と申します。 「乳香の木の栽培がアフガニスタンでできないか」と考えていたのですが、最低気温が高くないと生育できないと知って諦めましたが、そうなのでしょうか? 

    • 山本福壽 より:

      後藤様、さまざまな試みをされており、驚きました。ニュウコウジュのことですが、やはり気温が高いアジア、アフリカの熱帯地方でのみ栽培が可能なようです。

  2. 後藤堅吾 より:

    お返事ありがとうございます。 種は入手可能だったのですが最低気温の事が気がかりでした。 アフガンは南部でも最低気温が数度になるので無理ですね。 「熱帯植物の限界温度が15℃」は大変参考になりました。 水が15度刻みで性質が変わり、生物も大体15度単位で影響を受けると聞いたことが有るのですが、関係が有るのでしょうか。 私は日本で建材以外の木の生産が出来ないか、木で一つの国の環境が変えられないのか(アフリカ沿岸、ペルシャ湾の植樹)と馬鹿な事ばかり考えております。 この度はありがとうございました。

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