「平成30年7月豪雨」と智頭

豪雨災害

2018年7月5~8日の七夕前後に、中国地方、四国地方に未曽有の豪雨が降り注ぎました。

政府は9日、この豪雨を「平成30年7月豪雨」と命名しました。7月11日23時現在、全国で死者・不明者263名を数えています。多かったのは広島県で、死者・不明者96名、岡山県でも56名です。智頭町でも降り始めからの降雨は479mmに達し、鳥取県にも大雨特別警報が出ました。「今まで経験したことのない降雨」という気象庁の表現が鳥取にも用いられたのは初めてです。

智頭町をはじめとして鳥取県では人的な犠牲は少なかったのですが、それでも鳥取市佐治町で男性1名が亡くなられました。「昭和58年7月豪雨」では、島根県の浜田市を中心に死者・行方不明者は117人にも上りました。しかしこの時も鳥取県では犠牲者が少なかったようです。今回の雨では、山陰と山陽で明暗を分けました。中国脊梁山地の北側の鳥取、島根では少なく、南側の広島、岡山の山陽二県では、広島県東広島市や岡山県倉敷市真備地区などで多数の死者、行方不明者が出ました。

この雨は台風によるものではなく、梅雨末期の前線の活発化によるものです。また間接的には、前の週に日本海を通り過ぎた台風7号や、沖縄付近を北西方向に通過中だった8号が影響したようです。豪雨の直前、日本の南方海上にはきわめて多量の水分を抱えた気団があり、これが前線に絶え間なく水を供給した模様です。中国地方には6日から7日にかけて、時計の針の8時10分の形で前線上に線状降水帯(せんじょうこうすいたい)が現れ、そこで積乱雲が次々と発生してどんどん東進して行き、長時間にわたって豪雨を降らせ続けました。智頭町は降水帯の右上端にあたっていましたが、広島や岡山は、その真っただ中でした。

昨年の2017年7月、同じような線状降水帯がもたらした豪雨では、福岡、大分両県で42名もの人が亡くなりました。このとき、土石流や崖崩れなどの土砂災害が300件以上も発生し、大量の木材の流出が人家や橋梁を破壊しました。国土交通省によれば、流出した土砂は約1065万立方メートル、流木は約21万立方メートルに上り、「過去最大級の流木災害」とされています。しかしそれでも、今回の中国地方の豪雨よりも犠牲者は少なかったのです。

智頭町の状況

智頭町で強い雨が降り始めた7月5日(木)、林業地である智頭は、福岡県朝倉市以上に山腹崩壊が発生するのではないか、多量の木材流出が起こるのではないか、と気が気ではありませんでした。時々刻々と報道される中国地方各地の雨量情報では、智頭町の降雨量は常に2~3番目の多さでした。町では避難勧告が避難指示に変わり、多くの人たちが各地の避難所に集まってきました。私の町内の公民館にも近所の人々が集まっていました。不安の解消のためでしょうか、一部では酒盛りが行われていました。

まだ雨の残る8日(日)、ヘルメットをかぶり、軽トラに飛び乗って各所を見て回りました。篠坂地区では、堤防の決壊で土石が水田を覆い、伸び始めたイネはすべて埋没・倒伏しています。


土砂で埋没した篠坂の水田

山郷小学校の前の国道では、川に接した路肩が大きくえぐられています。国道から横瀬集落に向かう道路の橋は崩落しました。さらに智頭の町では、桜土手のソメイヨシノ16本が、護岸の崩落とともに消失していました。


桜土手のサクラ16本流失

一方、橋梁に引っかかった流木がないかと探し回りました。見つけたのは馬渡橋の上流にかかる小橋に、樹皮が完全に取れた直径30cmほどのスギを1本、そこから200mほど下流の橋で、それよりやや太めのアカマツを1本見つけました。町内全部を回ったわけではないのですが、流木の発生は極めて少なかったものといえます。なお流失したサクラは智頭町内の千代川には見当たらず、はるか下流に流れていったものと見えます。

さらに芦津や本谷の造林地を見て歩きました。工事中の林道の一部が崩落していたり、林道が川のようになったために大きな石ころが堆積したり、道がえぐり取られたりしたところも散見されました。しかし、大量の流木が発生するような大規模の山腹崩壊はほとんど見ることはありませんでした。

これに対して土壌がマサ(真砂)土の那岐地区河津原の奥、松尾山城跡の近くでは、小規模の山腹崩壊が発生していました。多数の倒木が土石とともに砂防ダムや谷底の造林木に引っかかって止まっていましたが、下流に流れ出てはいませんでした。


沢に堆積した流木


山腹の小崩壊と砂防ダムの土砂、流木堆積

なお、これらの山腹崩壊は急斜面に工事された作業道がきっかけとなっていたようです。


マサ土山の作業道の崩壊

マサ土と山腹崩壊

智頭町ではなぜ、山腹崩壊と多量の流木の発生がなかったのでしょうか。これは専門家の解析結果を待たねばなりません。しかし、福岡県朝倉市の被災地については、福岡教育大学の黒木貴一氏の「平成29年7月九州北部豪雨災害調査」では、この地域の地質が、主に花崗岩、変成岩、火山岩で構成され、その谷間は火砕流堆 積物や段丘堆積物によって構成される、としてします。つまり土壌は大規模崩壊を起こしやすい性質を持っていたようです。

これに対して今回の災害では、土石流が流れ出た山を構成している土壌は、やはり花崗岩が風化してできたマサ土で、これが原因となったことが指摘されました。特に被災地では、マサ土の中にコアストーンとよばれる大きな球状の岩塊がたくさん含まれる土壌構造でした。この岩塊とマサ土が豪雨によって流れ出し、これらが混ざりあい、ドロドロの粥状になった土石流が、大きな破壊力となったようです。

智頭でも、マサ土の那岐地区で小規模の山腹崩壊を見ました。しかし崩落した土壌の中には、今回報道されたようなコアストーンのような球状の岩塊はまったく見られませんでした。マサ土の山が崩れやすいことは、山に住む人ならだれでも知っています。智頭の人たちも那岐あたりで土石流が発生することを一番恐れていました。私は専門外ですが、智頭のマサ土の土壌からなる地域の山は、球状のコアストーンがたくさん混じる被災地の土壌と構造的に異なっているために被害発生が少なかったのではないか、と推定してみました。これについては、専門家のご意見が寄せられることを期待しています。

智頭のマサ土の山では、作業道開設がきっかけとなって崩落していました。これから、マサ土の山にどのように作業道を作っていったらいいか、原点にもどって考え直さなければなりません。頭の痛いところです。

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山本福壽

智頭の山人塾 塾長。鳥取大学乾燥地研究センター・特任教授。農学博士。2016 年より鳥取県智頭町に移住し、塾長に就任。

1件の返信

  1. 2018年7月17日

    […] 鳥取県でも山間部に位置する智頭町で、桜並木の土手が流された(画像出典:智頭の山人塾) […]

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