世界の林業(4)〜沈香(じんこう)の人工的生産〜

「沈香も焚(た)かず、屁もこかず」という表現は、若い世代にはもう理解されないかもしれませんね。良いこともしないが、悪いこともしない、平々凡々とした人物や人生を評した古い言葉です。

沈香とは

その沈香(じんこう)とは、東南アジアなどの熱帯地方で産する高級な香木のことです。

この香木は、ジンチョウゲ科ジンコウ属のアクイラリアという学名を持つ樹木の材や根の中心部、いわゆる心材の部分で見つけることができます。

しかし、高品質の沈香はどの木にも含まれているのではなく、まったく偶然の産物です。最も高級な伽羅(きゃら)は、きわめてまれに古木の内部で発見されるのですが、乱獲されたために、現在では、ワシントン条約の希少品目第二種に指定されています。伽羅は、同じ重さの金よりも高い価格で取引されるといわれます。

沈香は高級なものほど重く、水に沈むことから「沈香」と呼ばれているのです。ベトナム戦争が終結したとき、多くの人々が外国に亡命しましたが、その時に高級な沈香が国外に持ち出されてしまい、今はベトナムでも極めて少ないようです。

蘭奢待(らんじゃたい)

正倉院御物の蘭奢待と名付けられた重さ11.6kgの香木は、沈香の一種の黄塾香(おうじゅくこう)です。蘭奢待の名前には「東・大・寺」の文字が隠されているので有名ですね。

この香木は足利義政、織田信長、明治天皇など、歴史上の権力者によって小片が切り取られており、その場所も特定されています。正倉院に納められて千年ほども経っているのですが、その性質は全く変わっていないようです。

この黄塾香は、とても高級な沈香なのですが、京都の、日本一の香の老舗のお話ですと、黄塾香は伽羅に比べたらランクは低い、とのことでした。

このように香木の質は実にさまざまで、高級品の評価には際限がないようです。

アラブ圏の沈香

サウジアラビアに行きますと、小瓶に詰めた沈香油が売られており、多くの人が手の甲などにすり込んで香りを楽しんでいます。正式なパーティの初めには、沈香が焚かれている香炉が回され、お客は衣服に香りを浴びてリラックスします。

最近、アロマセラピーという、香りによる心の癒(いや)しが盛んとなってきましたが、中東では古くから沈香を用いたアロマセラピーが行われていたようです。このため、今でもアラブ世界は沈香の大きなマーケットです。タイのバンコック市内の中心部には沈香を扱う多くの店が並んでいますが、いつでもアラブ圏から来た多くの仲買人を見ることができます。

人工の沈香

日本はもう10月となりましたが、私は暑い日が続く雨季のベトナムで、まだ梅雨のような夏を続けています。「沈香の人工的生産」というおやじギャグのような研究のためです。

ゴムの木が広く栽培される東南アジアでは、香木の生産もまた魅力的な産業です。高級な香木は長年にわたる熟成が必要と見えて、伽羅を人工的に作るのはまず不可能といえましょう。

しかし、比較的安価な人工の沈香は、タイ、ベトナム、ミャンマーなどで生産されています。その方法は10年ほどのアクイラリア樹の幹に釘を打ち込んだり、ドリルで穴をあけたり、またドリル穴に特定の菌を接種したりして作られます。


下から上までびっしりと釘が打ち込まれたアクイラリア樹(タイ)

傷つけ後2年ほどしてから、沈香成分がわずかに含まれている木片は粉末にして、水蒸気蒸留という方法で香油を抽出します。


天然の沈香(上)と傷つけ処理で作られた人工の沈香(下)(タイ)。傷でできた着色部を囲んでいる薄い層の中にほんの少しの沈香成分がある。

この香油の多くはアラブ圏などに輸出されています。

また、沈香成分の多い木部はそのまま切り出して、香木として販売されます。日本で使われているさまざまなお香にも、このような人工的に作られた沈香がブレンドされているものと思います。

私も現地の人々のやり方とは異なった視点から、実験的に沈香を作り出す技術の確立を夢見て、仲間たちとさまざまに試していますが、結果は一進一退といったところです。

タイを皮切りに、ミャンマー、ベトナムを訪れて研究を続けてきましたが、もし、このまま失敗に終わり、夜逃げでもすることになれば、「沈香は焚けず、屁をこいた」だけになってしまうかもしれません。

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山本福壽

智頭の山人塾 塾長。鳥取大学乾燥地研究センター・特任教授。農学博士。2016 年より鳥取県智頭町に移住し、塾長に就任。

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