ザゼンソウ

この稿を書いている2020年4月10日現在、中国の武漢市に端を発した新型コロナウィルスによる世界の患者数は1,430,718人、死亡者は85,426人、日本では患者数が5,347人、死者は88人を数えました。これらの数値は時々刻々と増え続けています。鳥取県は本日10日、ついに最初の患者(60代)が確認されました。今や岩手県のみが患者数ゼロの状態です。東京、大阪など、大都市は緊急事態宣言によって移動などが制限され、学校も休校状態です。今後、どのように推移するのか、どのような結末を迎えるのか、まったく五里霧中の状況です。

さて、ザゼンソウの話題です。

今年の3月24日、倉吉市在住のY樹木医が突然、「ザゼンソウを蒜山で発見した」と、写真を送ってきました。

蒜山でザゼンソウが観察されたのは、まさに初めてとのことでした。実は、ザゼンソウは智頭町内にも分布しているのが知られています。そこでさっそく、3月27日に智頭の山林内を歩き回り、ある場所でちょうど満開(?)の花の写真を撮ることができました。

ザゼンソウはサトイモ科ザゼンソウ属の多年草で、有名なミズバショウ(サトイモ科ミズバショウ属)に近縁の植物です。花の形が座禅をする仏のように見えることから名付けられたもので、別名ダルマソウとも呼ばれます。花の中心の肉穂花序(にくすいかじょ)を仏様に見立てると、仏炎苞と呼ばれる花序を包む赤紫の苞葉の呼び名は、誠にシャレていますね。

岩手大学の研究(Ito-Inaba ら, 2009, J. Exp. Bot., 60: 3909-3922)では、仏のように見立てられる花序は20℃以上にまで発熱する能力を持っています。これには、細胞の中の器官のミトコンドリアが高密度で存在し、高い活性を持っているためと考えられています。ミトコンドリアは呼吸(酸素吸収)によって糖を代謝し、高いエネルギーを生み出している細胞内の小器官ですが、これにはシアン(青酸)耐性呼吸酵素という特殊な酵素が活躍しています。またザゼンソウのミトコンドリアには、私たち動物が体温を保つときに働く「脱共役タンパク質」というタンパク質までも備わっており、これらが発熱に機能しているようです(恩田義彦:「ザゼンソウの肉穂花序における発熱制御メカニズムに関する研究」平成20年、岩手大学博士論文)。

ザゼンソウのように高い熱を発生する植物は発熱植物と呼ばれます。植物の世界で熱を出すものは非常にまれですが、食用の蓮根でおなじみのハスもまた発熱植物なのです。ハスの花は夏に開花しますが、「花托」という花の中心の部分が30℃以上に発熱します。花托は受粉すると、やがてハチの巣のような「果托」になり種が成熟します。

南米に分布するサトイモ科のヒトデカズラは、さらに40℃以上にまで発熱することができる植物です。

ザゼンソウはこのような能力によって残雪の中で開花し、熱とニオイで花粉を運んでくれる訪花昆虫を招き寄せます。この昆虫とは、臭いニオイに敏感に反応するハエ類なのです。このニオイはハエを招くほどですからまさに悪臭で、英語では、ザゼンソウのことをスカンク・キャベツと呼んでいるくらいです。

このザゼンソウの仲間は北半球の冷涼な各地に広く分布しています。北アメリカではカナダからアメリカにかけて分布しますが、南限はノースカロライナ州とテネシー州にあります。北東アジアでは東シベリアから中国北東部、さらに日本にかけて分布しており、田中澄江著『花の百名山』(文藝春秋、1997年)によりますと、日本では滋賀県の高島市が日本の南限とされています。

テネシー州は北緯35度45分あたりに、ノースカロライナ州は北緯35度30分あたりに位置しています。一方、アジアの高島市は北緯35度33分で、テネシーよりもやや南、ノースカロライナ州のやや北です。ところが智頭町は北緯35度27分で高島市やノースカロライナ州よりもやや南にあり、さらに蒜山は北緯35度17分あたりに位置しています。ということは、Y樹木医が蒜山で観察したザゼンソウは、世界最南端に分布している個体であり、国際植物学会を揺るがす世界的な大発見ということができます。いかがでしょうか。

山本福壽

智頭の山人塾 塾長。鳥取大学乾燥地研究センター・元特任教授。農学博士。2016 年より鳥取県智頭町に移住し、塾長に就任。

2件のフィードバック

  1. 森脇 和泉 より:

    見たことがある様な気がしますが、はっきりしません。
    しかし、次に視界に入れば足が止まると思います。

  2. 井上 淑子 より:

    滋賀県在住の者です。高島のザゼンそう群生地は有名で 昔訪れたことがあり 懐かしく記事を拝見しました。珍しい植物の一つとして 鳥取の東郡家付近の古墳を巡った時「銀竜草」を初めて見ました。先日丹波?での群生写真がニュースにあったのですが 条件が合えば 何処にでも見られるものでしょうか?

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