世界の林業(5)無節のナラ材生産・オーストリア

ヨーロッパのナラ

無節材といえば、ヒノキの柱やスギの天井板などが思い浮かぶので、日本の専売特許のような気がします。

ところがオーストリアなどのヨーロッパの林業地では、ナラ(ヨーロッパナラ・Quercus robur)の無節材の生産が行われています。ヨーロッパといえば、日本は多くの木材を輸入しているオウシュウトウヒ(Picea abies)やヨーロッパアカマツ(Pinus sylvestris)が知られます。ナラもまた、木材が長らくヨーロッパの文明を支えてきており、今日でも重要な樹種です。


さまざまに加工されるヨーロッパナラの大径材(ショプロン市・ハンガリー)

大航海時代を支えた船舶用の木材もナラですし、豪華な城の内装に使われた木材もほとんどナラ材です。


皇帝住居のナラ材のドア(ウイーン市・オーストリア)

またナラは生活資材、軍需、農業、さらにワイン、ビール、ウイスキーなどの樽として広く用いられてきました。

ところでナラとカシはどう違うのでしょうか。

「むかしむかし、イングランドの小さな村に1本のカシの木がありました」のように、翻訳文学などでは、ナラはカシと間違えて翻訳されてしまっている例が多いようです。イギリスにナラはありますがカシはありません。英語でオーク(oak)は落葉性のナラであって常緑のカシではありません。ちなみに常緑のカシは英語ではライブオーク(live oak)です。

無節材の桶と樽

無節材がなぜ良材とされるのでしょうか。

その理由は無節材の加工性の良さ、強度、そして外観でしょう。節だらけの材木は切るにも削るにも取り扱いにくいのです。節の周辺では繊維の走行がねじれたり曲がったりしています。また枝は幹から斜出するため、節がある板を削るには、硬い節の部分のみ横断切削になるので、カンナの刃を損ねてしまいます。

桶や樽に加工されるスギの板はクレと呼びますが、これを丸く束ね、樽丸(たるまる)として工房に運び込まれます。スギ材は軽いうえに加工がしやすく、竹や金属のタガ(箍)で締めると水漏れはまったくありません。長持ちするので10年水桶として使った後でも、タガを直してまた10年、肥桶として利用できます。肥桶が水漏れしたら、それこそ大変です。

余談ながら、日本の都市の衛生は、水漏れの無いスギの桶で屎尿を農地に持ち出し続けたことによって保たれたのです。このような桶、樽を中心とした生活文化を支えたのが、節のないスギの板でした。板の表面に出る節は生き節、死節、抜け節、穴節などさまざまです。節穴や、曲げ加工の邪魔をする大きな節のある板では、醤油や酒などの液体を入れる容器を作るにはまったく不向きです。

無節のナラの育成・オーストリア

さて、ナラ材はスギよりも一段と硬いために、加工するには節がない木材の方がはるかに役立ちます。特に洋酒樽では無節の材でないと、独特の曲線の構造が作れません。オーストリアではまったく節の無いナラの大径材を作るために、枝打ちをせっせと行います。

しかしナラの仲間は枝を切った切り口に光が当たるようになると、すぐ、切り口の周りから多くの芽が開き始め、すべてまっすぐ上に向かって伸びて行きます。この芽は新たに形成される不定芽ではなくて、長年、樹皮の内部に潜んでいる休眠芽です。芽が伸びてくると、無節の良材を取るには誠に不都合です。枝打ちした傷は芽が出ることなく、速やかに修復されなければいけません。

そこでオーストリアでは、枝打ちの傷の周りに光があたらないようにするために、ナラを植えるときに同時に隣にシデ(Carpinus betulus)を植栽します。シデの成長はナラよりも遅く、樹高も低く、しかも耐陰性が強くて日陰でも生育できるので、枝がナラの幹を覆うようになります。


枝打ちしたナラの幹をシデの枝で覆い、芽の発生を抑える(オーストリア)

潜伏芽は光が当たることによって開きますから、シデの枝は陰を作ることによって潜伏芽の開芽と成長を強く抑制します。このような効果を最初に考えて、ナラとシデを一緒に植えるのです。

ナラ材とワイン樽

ナラは何度かの間伐を経て、ヘクタール当たり70本を目安に育成します。伐採は約90年、直径が60~70cmで行い、ワイン樽を生産します。まっすぐではなく、樽材に不向きの木のほとんどは暖炉やストーブの燃料となります。しかしシデは使い道がないとのことでした。日本だったら、キクラゲのホダ木栽培などに使えるかもしれませんね。

ワイン樽の生産は、無節のナラ板を鉄のタガで締め付けて作ります。円形に並べた板の一方の端をタガで固定し、内部を火で焼きながら、外部に水をかけます。そしてワイヤーで締めていくと板の外側は伸び、内側は収縮して曲げやすくなります。そこでもう一方の端をタガで固定し、あとは内部をゴシゴシこすって焼いて炭化した部分をこそぎ落とし、上下のふたをして完成です。

<余談>

スギ桶に比べてナラ樽はきわめて重いものです。天秤棒で担げるスギ桶と違い、古くなったナラ樽では糞尿を軽々と運ぶわけにはいきませんね。

ヨーロッパでは人糞尿の行き場がなく、畑の肥料はすべて軽いバスケットで運べる家畜のたい肥でした。中世ヨーロッパではトイレがないので、都市では、おまるに溜めたものをジャーッと窓の外の通りに捨てていたそうです。ペストなど、中世の悲劇的な衛生災害はこのような環境のなせるわざでしょうか。

山本福壽

智頭の山人塾 塾長。鳥取大学乾燥地研究センター・元特任教授。農学博士。2016 年より鳥取県智頭町に移住し、塾長に就任。

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